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2005’09.05・Mon

ふじょしまめちしき

先日図書館で借りていた「江戸男色考」より抜粋。

やおい女ながら女の子スキーでもある私にはショック(笑)だった話。
花魁に高尾太夫とか吉野太夫などの名前や、芸妓では貞奴とか栄太郎とか男名前がつく人がいます。変わってるなとは思っていましたが、まあ一般の女と区別するためか、耳目を引くように考えたのかと思っていました。
それがこの本によると、野郎歌舞伎が影響して男名前も名乗るようになったんだそうです。

室町、江戸時代に、もともとは美少年・美青年の売春の張り店を目的とした芸能が、もうめちゃくちゃにウケにウケて、上は武家・もちろん坊主から一般庶民に至るまで、女嫌いの男好き社会だったらしいです。

武士道としての衆道がストイックでカッコイイっつー美意識が高まり、イケてるお武家様とオンナジという優越感を引き起こし、一般庶民の男もやたら女を遠ざけて美青年・美少年の文字通りケツを追っかけてたとか。
それがイキとくれば最先端を行きたい女郎遊郭も、ぜひにと取り入れて男名前が流行しました。遊女の意気地とか張りとかも元はそういう男勝りからきているのです。

ちっ、所詮人類の歴史は男ありきかよー!
余談で、面白いのがその頃の女嫌いのすさまじさ。女と道を行き会ったら脇や物陰によけて避け、若衆役者は女性ファンに袖に触られたり、色目をつかわれるとミソギをしたそーです。で、女嫌いなオレってサイコーとか思ってました。

俳諧の西鶴は「生まれたとき今の知恵があったら女の乳は飲まなかっただろう」(引用)とまで言ったらしい。
てめー誰の腹から生まれたと思っとるんじゃ!(爆)
(円茶)
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comments

その時代女は黙って耐えるのが普通で、たとえば旦那が外で男遊びしてても黙って耐えてたのかな?嫁はさ~。
だが色々考えていくとその頃の男の殆どがバイだったって事?男のみのゲイという奴は少ない様に思えるけどね~??

ぴかり:2005/09/07(水) 00:58 | URL | [編集]

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